信オンネタがあまりにも少ないのでPCネタでも。
1年前に自作したPCのグラフィックボードが高周波音を発するようになったので、
PCを開けてチェックしたところ、CPUやグラフィックボードの冷却ファンに
目で見てわかるくらいの埃や塵が付いてました。
ファンに埃、塵が付いてると冷却効率が落ちるだけでは無く、可動部分でもあるため
いろいろな音を発します。
PCには冷却ファンが全部で4つもついてます。
PCによって多少差はあるけど、普通のPCには、
・CPU冷却ファン
・電源ファン
・本体シャーシファン
・グラフィックボード冷却ファン
これくらいは最低付いてます。
因みに自分は釈由美子のファンです(ぉぃ
これらが同時に動くのでかなりの騒音を発します。
新品の時は「ブゥオ〜」と低音まじりの音ですが、1年も使って汚れてくると
「ウィイ〜ン」とちょっと高周波が混じった音になり、長時間聞いているとかなり神経イラ立ちます。
そこで、1年使ったグラフィックボードをファン無しの新しいグラフィックボードに
交換することにしました。
購入した新しいグラボがコレ。
(GV-NX76T256D-RHという製品番号です)

描かれてる絵のお兄ちゃんが金城武っぽいのですが、何かのゲームの主人公でしょうか?
(買って帰るときちと恥ずかしかった・・・)
写真見るとわかるとおり、このグラボには冷却ファンが付いてません。
その代わり、SILENT PIPE2(サイレントパイプ2)と言うのがついてて、
冷却ファン無しで冷やしてくれるので動作音は無いし、ファンを掃除したり
ファンが壊れて動かなくなるという心配がありません。
ちと話はそれて・・・
自慢ぢゃ無いけど、自作パソコンの歴史は長いっす。
最初に作ったパソコン「TK−80」。
(と言うか、当時はマイコンと呼んでいた)
「一人でできるもん!」が大好きな中の人は、これ買ってきて必死に作りました。
初めて計算結果が表示された時はすっげー嬉しかったです。

〜以下関連記事〜
1976年8月3日、日本電気は「TK-80」を発売した。それは、マイクロコンピュータ(マイコン)の拡販を目的として、マイコンのことを理解してもらうための「トレーニングキット」だった。
サイケデリックな箱の中身は、インテル社の8ビットマイコンi8080と互換性のある μPD8080Aをはじめ、入力用のキーボード、表示装置などのほかに、組立て用の工具まで入っており、ハンダ付けなどの組立てをユーザー自身でできるようになっていた。そして、もう一つ、完全な回路図が添付されていた。
マイコン販売部は半導体部門に属しており「部品屋」が組立品を作ることはタブーとされていた。いわば社内ベンチャーとしてスタートし、部長の渡辺和也や部下の後藤富雄らの苦労とアイデアの結果生まれたこの「TK-80」は、渡辺らの予想を越えた好評を博した。1976年に開設した秋葉原のサービスセンター「Bit-INN(ビットイン)」には、エンジニアだけでなく学生,教授,医師などいろいろな人々が詰めかけた。彼らのフレッシュなレスポンスが、やがて「PC-8001」を生んだ。
〜ここまで〜
そう、PC-8001が出たときは秋葉原へすっ飛んで買いにいったもんです。
N88-BASICでプログラム組んだりしてましたねぇ。
当時はパソコンはあってもゲームソフトなんか売ってなかったので、雑誌に
掲載されてるプログラムをパソコンに打ち込んだりしてました。
パソコンに打ち込むプログラムは「機械語」というもので、メモリに直接16進のコードを入れていくものでした。
苦労して打ち込んで動くゲームが「ロードランナー」(ふる!知ってる人いるんだろうか)だったり、
スペースインベーダーの安っぽいのだったり。
ってどんどん話がそれてきちゃったので、グラボ交換の話は次回へ続く(ぇ
注)パソコン系の話になると暴走します。
1年前に自作したPCのグラフィックボードが高周波音を発するようになったので、
PCを開けてチェックしたところ、CPUやグラフィックボードの冷却ファンに
目で見てわかるくらいの埃や塵が付いてました。
ファンに埃、塵が付いてると冷却効率が落ちるだけでは無く、可動部分でもあるため
いろいろな音を発します。
PCには冷却ファンが全部で4つもついてます。
PCによって多少差はあるけど、普通のPCには、
・CPU冷却ファン
・電源ファン
・本体シャーシファン
・グラフィックボード冷却ファン
これくらいは最低付いてます。
因みに自分は釈由美子のファンです(ぉぃ
これらが同時に動くのでかなりの騒音を発します。
新品の時は「ブゥオ〜」と低音まじりの音ですが、1年も使って汚れてくると
「ウィイ〜ン」とちょっと高周波が混じった音になり、長時間聞いているとかなり神経イラ立ちます。
そこで、1年使ったグラフィックボードをファン無しの新しいグラフィックボードに
交換することにしました。
購入した新しいグラボがコレ。
(GV-NX76T256D-RHという製品番号です)

描かれてる絵のお兄ちゃんが金城武っぽいのですが、何かのゲームの主人公でしょうか?
(買って帰るときちと恥ずかしかった・・・)
写真見るとわかるとおり、このグラボには冷却ファンが付いてません。
その代わり、SILENT PIPE2(サイレントパイプ2)と言うのがついてて、
冷却ファン無しで冷やしてくれるので動作音は無いし、ファンを掃除したり
ファンが壊れて動かなくなるという心配がありません。
ちと話はそれて・・・
自慢ぢゃ無いけど、自作パソコンの歴史は長いっす。
最初に作ったパソコン「TK−80」。
(と言うか、当時はマイコンと呼んでいた)
「一人でできるもん!」が大好きな中の人は、これ買ってきて必死に作りました。
初めて計算結果が表示された時はすっげー嬉しかったです。

〜以下関連記事〜
1976年8月3日、日本電気は「TK-80」を発売した。それは、マイクロコンピュータ(マイコン)の拡販を目的として、マイコンのことを理解してもらうための「トレーニングキット」だった。
サイケデリックな箱の中身は、インテル社の8ビットマイコンi8080と互換性のある μPD8080Aをはじめ、入力用のキーボード、表示装置などのほかに、組立て用の工具まで入っており、ハンダ付けなどの組立てをユーザー自身でできるようになっていた。そして、もう一つ、完全な回路図が添付されていた。
マイコン販売部は半導体部門に属しており「部品屋」が組立品を作ることはタブーとされていた。いわば社内ベンチャーとしてスタートし、部長の渡辺和也や部下の後藤富雄らの苦労とアイデアの結果生まれたこの「TK-80」は、渡辺らの予想を越えた好評を博した。1976年に開設した秋葉原のサービスセンター「Bit-INN(ビットイン)」には、エンジニアだけでなく学生,教授,医師などいろいろな人々が詰めかけた。彼らのフレッシュなレスポンスが、やがて「PC-8001」を生んだ。
〜ここまで〜
そう、PC-8001が出たときは秋葉原へすっ飛んで買いにいったもんです。
N88-BASICでプログラム組んだりしてましたねぇ。
当時はパソコンはあってもゲームソフトなんか売ってなかったので、雑誌に
掲載されてるプログラムをパソコンに打ち込んだりしてました。
パソコンに打ち込むプログラムは「機械語」というもので、メモリに直接16進のコードを入れていくものでした。
苦労して打ち込んで動くゲームが「ロードランナー」(ふる!知ってる人いるんだろうか)だったり、
スペースインベーダーの安っぽいのだったり。
ってどんどん話がそれてきちゃったので、グラボ交換の話は次回へ続く(ぇ
注)パソコン系の話になると暴走します。
この記事へのコメント
こんにちは 影響されて作っちゃいました。遊びにきてください。
パソコン詳しいですね 私のノートに外付けできるグラボってないんですかね?
パソコン詳しいですね 私のノートに外付けできるグラボってないんですかね?
上之さんもブログ作ったのね。後で見にいくよ。
ノートとかに外付けできるグラボってのはありません。
ノートの場合は始めから3Dゲーム推奨してるやつじゃないとまともに動きませんな。
デスクトップのほうが、安い、早い、綺麗なので絶対にこっちをお勧めします。
ただし場所取るけどね。
ノートとかに外付けできるグラボってのはありません。
ノートの場合は始めから3Dゲーム推奨してるやつじゃないとまともに動きませんな。
デスクトップのほうが、安い、早い、綺麗なので絶対にこっちをお勧めします。
ただし場所取るけどね。
2006/08/02(水) 18:23:20 | URL | てっちん #-[ 編集]
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